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【マイディリー・サッカーコラム】「欠陥選手」尹晶煥は幸せそうだった。

「彼を初めてみた瞬間、韓国のスタイルではない、と感じた。彼のような選手は守らなければならない」バレリー・ニポムニシ前富川監督

「彼は守備をしないし、ねばり強さ、押しの強さという面がない。」故チャギョンボク前城南監督

「彼は90分の間、およそ90種類の動きをするが、そのうちの75%が意味を持つ動きだ。これは世界的なレベルだ。」アナトリー・ビショベッツ96年アトランタ五輪代表監督

「私も彼の能力はよく知っている。しかし、私の戦術で試合に出るのなら、体力と守備力をより養わなければならない」クース・ヒディンク2002ワールドカップ代表監督

「私は、欠陥選手だ。この言葉は気分のわるいものではない。より一生懸命やろうと努力するだけだ。」尹晶煥

「プレーメーカー」尹晶煥を見つめる視線は食い違う。彼が駆使する美しいサッカーを守るために、戦術全体を「尹晶煥スタイル」にかえた監督もいたが、尹晶煥の天賦の感覚を認めながらも、体力と守備を理由に起用を嫌う監督もいた。

指導者の意見はこのように極端に分かれるが、90年代のサッカーファン、特に木洞で富川のサッカーを見てきたファンにとって、尹晶煥は今でも「わくわく」という言葉で記憶されている。尹晶煥がボールをとったとき感じた期待感、何かかっこいいシーンが起こるようなわくわく、想像もできないパスが出たときの嘆声。彼はたった一回のパスでスタジアムのすべてのファンに鳥肌を立たせた特別な選手だった。

尹晶煥は日本の生活について、明るい声ではっきり話す。

「満足しています。面白いサッカーをしている。私が中心になってやっているから、戦術的動きに対し、チームメートに多くのことを教えている。」
これが彼が幸せに見える理由のようだ。尹晶煥はたとえJ2でも、チームの戦術的動きを自身の哲学のまま引っ張っていくことができることに、サッカー的に満足していると言えるのだ。

「日本の選手とやるのは、最初はとても大変だった。でも、日本の選手は一度信じてくれるとずっとついてきてくれる」と自分に向いてくれる日本のチームメートの信頼を説明した。

尹晶煥のよると、鳥栖との契約は2009年まで。2009年には彼は36歳になる。
選手生活の最後は韓国で飾ることはどうか?という質問に彼は「努力してみます」と晴れやかに笑っただけだった。

もちろん彼がKリーグに戻ったとしても「尹晶煥のサッカー」がそのまま繰り広げられる確率は高くない。Kリーグでは、守備に重点を置き、負けないサッカーをする事が優先されるためだ。このような雰囲気の中でファンを楽しませる「欠陥選手」尹晶煥がたてる場所はもうどこにもないのだ。

「サッカーをする理由はお金を儲け、優勝しようとすることではない。我々は人々を楽しませるためにサッカーをやっているのだ。」と語ったニポムニシ監督が帰ってくるなら分からないが・・・


マイディリーのサッカーコラムを一部抜粋翻訳しました。
99年、安養総合運動場で初めて生で尹晶煥を見たときのことを思い出しました。一本のパスで局面を変えられる選手、でした。ボールをキープしない、守備しない、走らない、相手を思いやらない(すべていい意味で)選手でした。「まるで女王様と10人の家来だね」それが私の第一印象でした。
グランドにいると、いつの間にか尹晶煥のプレーに目がいってしまいます。見ていて本当に飽きないし、わくわくと驚きが常にあるのです。もちろん今もそれはかわりません。

鳥栖での尹晶煥は、常にマイペースで試合にのぞみ、常に幸せそうに見えたのですが、それは私の勘違いではなかったようです。
鳥栖が「尹晶煥スタイル」のサッカーをしているとは思ったことはありません。ただ鳥栖が嗜好するサッカーが尹晶煥のスタイルにマッチするだけだと思っています。「ファンを楽しませるサッカー」まさにこれです。

ところで、2009年まで契約があるって、、、、あと2年もやるのか、おっさん(笑)。うれしいけど。
つか本当に鳥栖は4年契約したんだ(冗談だと思ってました)。

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